駄文2
ぎゅっと閉じた目を開くと、先程とは違う路地裏にいた。
目の前に立つのは、黒ずくめの男だけだ。おっさんたちの姿はない。
「……いてっ」
立ち上がろうとして、殴られた脇腹が痛んだ。折れてはないが、いつも通りに動けるほどてはない。窮地を脱したらしいのはいいが、これからのことを思うと困りものだ。
顔をしかめた俺を、黒ずくめの男が不思議そうに見た。
「怪我しとるんか?」
言うなり、手を俺の方にかざす。心なしか暖かい空気を感じたかと思うと、痛みが嘘のように消えた。
「……え?」
まさかこの男、術士か? それならば急に場所を変わったことも納得がいくが……。
驚く俺に、男はすっと手のひらを差し出した。
「百エンな」
「金とるのかよ!?」
「あたりまえやろー。あと、助けてやった分もあわせて……そやな、千エンでええわ」
千エンって……命の値段にしては安いものかもしれないが……素直に払うのも癪にさわる。
「いやいやいや。そもそも俺が助けてくれなんて頼んだわけじゃないだろ。お前が勝手に助けたんじゃないか」
「そやな」
男はにっこりと笑った。
「じゃあ、おまえだけさっきの場所に戻したるわ」
「ごめんなさい。払います」
頭を下げて、財布を取り出した。予想外の出費だが仕方ない。
おれがさしだした千エンを、男はにんまりとした顔で受け取り、自分の財布にいそいそおさめた。……けっこう貯め込んでいそうな、厚みのある財布だ。
「お前、術士なのか?」
「おまえやない。錦や」
「俺は暁人。で、術士なのか?」
「まぁなー」
あっさりと頷いた錦は、事もなげに言ってのけてくれた。
「でも、めずらしいもんでもないやろ、術士なんて」
術士とは、意思の力で通常はあり得ない現象を引き起こすことのできる者のことである。
その威力は、小は小石を浮かすくらいから、大は山を砕くくらいまで、実に幅広い。引き起こされる現象も、傷を癒すもの、風を起こすもの、火をつけるもの、とこれもまたさまざまだ。
ただひとつ言えるのは、どんな術士も、一種類の術しか使えないと言うことである。